リナごころ

自己肯定感低い系美人女子のひとりごと

自己肯定感が低くなった理由<高校卒業~進学編>

こんにちは。自己肯定感低い系美人女子のリナころです。

今回は、自己肯定感が低くなった理由<高校卒業~進学編>を書いていきます。

肯定感低いシリーズ、まだまだ続きます。

20代~へとここからも長い低迷期が始まります。汗

 

最後までお付き合い頂けたら嬉しいです( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

 

高校卒業までの日々

 

父に投げつけられて割れた、ガラスのコップのように

何かが壊れてしまった私は、学校へ行く事が怖くなりました。

 

両親にも否定されている、嫌われている私が、赤の他人に受け入れて貰えるわけがない。

やっぱり私に問題があるんだ。

きっとまた仲良くなったら、急に嫌われたり無視されるに違いない。

 

その恐怖で、学校を少しずつ休むようになりました。

その恐怖は、現実のものとなります。

 

学校の友達は、最初は心配して声をかけてくれました。

その時に、「今家がちょっと大変で、、」と少し話してみると

「あー、そうなんだ、、」とあまり良い顔をされなかったので、話すのをやめました。

確かに、面倒そうな話より楽しい話の方がいいよね。

 

それから、明るく努めていたつもりですが、友達と話をしててもすぐ他の友達の所へ行ってしまったり、

皆で話している時、私だけ話を振られなかったり、一緒に帰っていた友達がよく断るようになったり

と、何となく避けられる事が多くなりました。

 

「うーん、またかー」

慣れっこだったけど、傷つかないようにしていたけど、やっぱり辛いなぁ。

 

「私なら友達にそんな思いさせないのに」

「絶対1人ぼっちにさせないのに」

思っても何の意味もない事を延々と頭で呟きながら、残りの学校生活を過ごしました。

とてもとても長く感じました。

 

新しい生活

 

そして、不登校気味で出席日数ギリギリでしたが、やっと卒業できました。

 

小さい頃から母に決められていた進路を断り、私は私を取り戻すため、地元を離れ

両親も知り合いも誰もいない県外へと進学しました。

 

初めて親元を離れ、不安と恐怖を抱えながら、今まで諦めていた希望を胸に

新しい生活が始まりました。

 

「私はきっと変われる」

「新しい自分になれる」

その時の私は、そう思っていました。

 

<<続く>>

 

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自己肯定感が低くなった理由<小学~高校 後編>

こんにちは。自己肯定感低い系美人女子のリナころです。

今回は、自己肯定感が低くなった理由<小学~高校 後編>を書いていきます。

高校生の頃


無視や嫌がらせをしてくる子達と学校が離れ、私は高校生になりました。
新しいクラスにも慣れ、私にも理解してくれる友達ができ、高校生になると今までの学校生活では考えられないような平穏な日々が待っていました。

 

学校ってもしかして楽しい場所なのか、と初めて思いました。

 

それでも、幼少期にスーパーに置き去りにされた時から消極的に小さくなってしまった私の性格が急に変わる事は無く、友達の顔色を見ながら、言葉を選びながら、なるべく

目立たず大人しく過ごしていました。

 

そして、少しずつ少しずつ、1~2年かけて、活発で積極的だった元々の性格を取り戻しつつありました。

 

学校帰りに友達とマックに寄ったり、週末出かけたりと、ごく普通の事がとても嬉しかったです。

 

そんな平穏な生活の中、母との不仲で別居していた父が戻ってきました。

 

親子3人での生活


幼少期から別居中で週末のみ帰って来ていた父と、同居する事になりました。

兄は進学の為、地元を離れていたので、父と母と私の3人での生活が始まりました。

 

父は比較的温厚で優しい性格で、昔から母に強く当られている私の唯一の味方でした。
帰ってきた理由も、もっと子供と一緒に居たい、でした。

 

しかし、この同居で父と母は毎日けんかをするようになり、その怒りの矛先は私にも向くようになりました。

 

ある時、母が言いました。
「あんたのその話し方、お父さんにそっくり」
「あの人みたいにはなるなってあれ程言ったのに、考え方まで似ていて気味が悪い」
「私を苦しめて何が楽しいの?ほんとに嫌な子ね」

昔から母には嫌われていたので、耐えられました。 

 

すると、ある時話していると父が言いました。
「お前は母親そっくりだな」
「お前の考え方、母親と一緒で最低だな、最低の人間だ」
そう言って父はガラスのコップを投げつけました。

 

辺りに割れたガラスの破片が散らばりました。

 

「お父さんに似ている」「母親にそっくり」
それが悪い事で最低な事?私は2人の子供なのに似ていたら嫌われるの?
私はどうしたら愛してもらえるの?

私は、何かが壊れました。

 

<<続く>>

 

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自己肯定感が低くなった理由<小学~高校 前編>

こんばんは。自己肯定感低い系美人女子のリナころです。

 

自分で美人女子って、、となるかも知れませんが(⚭-⚭ს)後程ブログで、

その事についても書こうと思っています。

 

今回は、前回の続きの、私が自己肯定感が低くなった理由<小学~高校編>

を書いていきます。

長文なので前編後編に分けました。

最後まで見て頂けたら嬉しいです。

 

 小学生の頃

小学校に上がる頃には、私はすっかり無口になり、目立つことが苦手でクラスメイトと話す時も小さい声で話すような、とても大人しい子でした。

 

すると、そんな私を男子が面白がって、からかうようになりました。

それを見たクラスの大人っぽいグループの女子が、「リナころ、男子に人気だね」と言いました。(からかわれたら人気なのか、、)

それから、そのグループの女子達から陰口を言われたり、目が合うだけで睨まれたり、トイレへ行ったらドア越しに文句を延々と言われたり(今思い出すとドア越しってちょっと笑える( ˊᵕˋ ;))嫌がらせを受けていました。

 

それでも何とか友達は居たので、嫌がらせに耐えながら、目立たないように静かに過ごしていました。

 

中学生の頃

 中学校に上がると、大人っぽいいじめっ子グループの女子達が私に構わなくなったので、やっと平穏に過ごせると思いました。

 

新しいクラスで、後ろの席の女の子と仲良くなりました。

話も合い、休みの日も一緒に出かけたりしていました。

 

しばらく経ったある日、朝いつものようにその子に声をかけました。

すると、急に睨まれました。

心当たりはなく、しばらく声をかけられませんでした。

 

後日、様子を見て「最近どうしたの?」と声をかけてみました。

すると、

「声かけてくるな!お前と話してるとムカついてくる」と言われ、お腹を蹴られました。

急だったので、吐きそうになりました。

 

その時は、周りが止めに入りましたが、

その後も、移動教室等で席が隣になるとあからさまに机を離したり、すれ違いざまに聞こえるように悪口を言われました。

(嫌われた理由は今でも分かりません涙)

 

それに耐え続け、やっと学年が変わりその子とクラスが離れました。

 

次のクラスで、新しいグループに入りました。

今度こそ、目を付けられる事なく、誰にも嫌われる事なく静かに過ごそうと決めました。

 

私は大人しく過ごしていました。みんなと楽しくお喋りはする。でも出しゃばらず、静かに仲良くしていました。

 

そんなある朝、仲良しグループのリーダー的女の子が、皆で居る時に私以外の子達に飴玉をあげました。

「あれ?」と思いました。

しばらくしてその子が、「皆でトイレに行こう」と私以外を誘いました。

他の友達が「え?リナころは?」と言うと、その子は

「え?何の事??」と言いました。

そのリーダーの子は、私と全く目を合わせず、見えていないような態度でした。

 

私は、その時気付きました。

「あ、そうか。私はここに居ちゃだめな人間なんだ」

 

ずっと気付かないようにしていた事でした。

家にも居場所は無く、学校にも無いと。

 

それでも、他に行く場所はないので、ただただ静かに、目立たないように、

傷付かないように心にしっかり蓋をして、残りの学校生活を送りました。

 

<<続く>>

 

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自己肯定感が低くなった理由<幼少期編>

こんばんは。自己肯定感低い系美人女子のリナころです。

 

今回は、まず初めに私が自己肯定感が低くなった理由<幼少期編>を書いていこうと思います。

暗くなりがちな話なので、ちょっとだけ明るくお送りしていきます。(⋆ᵕᴗᵕ⋆)

 

両親の不仲

私が産まれてすぐ、不仲が原因で両親が別居し、私と兄は母と暮らし週末だけ父が帰ってくる

という生活になりました。

物心つく前からそういう生活だったので、それが普通だと思っていました。(・ω・`;)

そんな父が不在の中、今でも思い出すと苦しくなる、ある出来事が起こりました。

 

スーパーでの出来事 

私が4~5歳の時に、母の言う事を聞かなかった為、夜8時頃私をスーパーに残して

母は居なくなりました。

しばらく待っても来なかったので、「あれ??何かの間違いかな?」と駐車場で母の車を探しました。

「ここに停めてあったはずなのに、、」と必死で広い駐車場を歩き回りましたが、どこにも車は無く

「あっ、もしかして私は母に捨てられたんだな」と初めて自覚しました。

 

1人でうろうろしていると、見知らぬおばちゃんに「どうしたの?ひとり?お母さんは??」

と聞かれたので、捨てられたとは恥ずかしくて言えず、「大丈夫です!」と言って

スーパーから逃げ出しました。

 

 いつも車で来ていた為、(あと昔から方向音痴(。•́ו̀。))良く分からない真っ暗な道を、

何となく見た事がある景色を目指してひたすら走りながら家を探しました。

車通りも少なくなってきて、さすがに怖くなってきたので、公衆電話を見つけて

中に隠れたりしながら(逆に目立ってる😱😱)何とか自宅近くまで来れたと思ったら、

1台凄い猛スピードで走ってくる車がありました。

 

私の前で急停車したその車から、もの凄い怖い顔をした人が降りて来て私を車に押し込みました。

その人は恐怖と怒りに満ちた私の母でした。

 

母は、小さい私が夜道を歩いてきたという恐怖と、無事だった事への安堵感や私への怒りで、

とても怖い顔で怒鳴りながら泣いていました。(その時は鬼に見えた👹)

私は、「捨てられたわけではないんだな。でも言うことを聞かないと今度は捨てられる」

と理解しました。

 

それでも、幼い私はその後も口答えやわがままを言ってしまい、要領の良い兄と比べられ、母によく

「こんな悪い子を産んだ覚えはない」「あんたは誰に似たんだろうね」「ほんとに私の子なのか?」

と度々言われていました。

 

この頃から、元々おてんばで活発だった私は、少しずつ少しずつ、自分が消えていくように、

消極的な子になっていったと記憶しています。

ここから、更なる辛い日々が始まります。

<<続く>>

 

最後まで見ていただいてありがとうございます!

次回は、自己肯定感が低くなった理由<小学~高校編>を書きたいと思います。

 

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初めまして。

初めまして。
自己肯定感低い系美人女子のリナころと申します。

いろいろとツッコミどころがあるとは思いますが、、
そんな私が日々感じた事や、自己肯定感が低くなった経緯や長い低迷期、

そして自分の存在価値を見いだすまでの葛藤等を綴っていきたいと思います。

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